信仰,  教会史

キリスト教って何?

「キリスト教は、
パレスチナで交わりとして始まり
ギリシャに伝わって哲学となり
イタリアに伝わって社会制度となり
ヨーロッパ全体に伝わって文化となり
アメリカにやってきて事業となった。」

サム・パスコ―という人が書いたと言われていますが、「キリスト教」と呼ばれるものの変容をうまく言い表しているのではないでしょうか。

キリスト教は、本来「これとこれとこれを信じなさい、さもなくば・・・」というような脅しの宗教ではないのです。イエス・キリストというユダヤ教のラビ(教師)が、弟子や他の人たちと会話をする中で生まれました。キリストは「例え話」を多く使われました。物語、寓話、ことわざ、謎解き等を用いて、当時の社会や政治、権力、宗教について考えました。

キリストが生きた時代は、パレスチナ地方がローマ帝国の支配下にありました。しかし選民という強い意識を抱いていたユダヤ人たちは、イスラエルの独立を取り戻そうと機をうかがっていました。イエスの時代にはたくさんのメシヤ(救い主)が現れ、義勇軍を結成して反乱を起こしました。しかしそれらの「メシヤ」はことごとく捕らえられ、処刑されました。

当然、イエス・キリストもメシヤとしての期待がありました。しかしキリストは暴力ではなく平和を説きました。そして、暴力的な反乱を起こす者は、ゲヘナに投げ込まれる、と忠告したのです。ゲヘナは、イエスを信じない人たちが死後に行く「地獄」だと多くのクリスチャンは信じていますが、そんなことは書かれていないのです。ゲヘナは実際にエルサレム近郊にあった場所で、そこに死体やゴミが投げ込まれていて、常に火が燃えていました。

しかしユダヤ人はイエスの言葉を受け入れず、彼を妬み、死に至らしめました。その後もユダヤ人は反乱を続け、ついに堪忍袋の緒が切れたローマ帝国は大軍を送り込み、エルサレムを根絶やしにしました。何万人もの人が滅び、キリストの予言通り、ゲヘナに投げ込まれたのです。しかしキリストの教えを悟っていた人たちはエルサレムを脱出し、彼の教えをギリシャ語圏を中心に広めます。それがやがて全世界を広まり、私たちのところにも届けられたのです。

キリスト教は、「これを信じないといけない」などはありません。勿論クリスチャンだったら普通信じている、ということはありますが、キリストが他の人に「ちゃんとして教義を信じているか?」と忠告したことはありません。全然違った宗教観のサマリア人にも、ローマ人にも、寄り添って、その人を励ましながら「神の国」を語ったのです。キリストは、神の奥義、人生の意味、人を愛することなどを一緒に学ぼう、探究しよう、と皆を誘って下さっています。それに応答するのに、条件などいらないのです。別に無神論でもいいのです(実際、「無神論者クリスチャン」も存在します!これについては別の機会に・・・)。

平和を説き、その言葉の故に十字架で殺されたイエス。その言葉を命を捨ててでも世界に届けた弟子たち。その言葉は、ただの哲学者のものでしょうか。後世のでっち上げでしょうか。それとも神からでしょうか。答えは人それぞれ、それで構いません。是非一緒に旅をしながら、キリストが何度も何度も繰り返し教えた「神の国」についてより深く知るようになれば幸いです。