歴史,  言語

日本語とヘブライ語は似ている?? だから?

今日Facebookに、日本人とユダヤ人のルーツについての投稿があり、日本語とヘブライ語に似ている言葉がたくさんある、と主張するサイトも貼られていましたので、今日はそのことについて書きたいと思います。かなりマニアックで、オタクな内容なので、心して付いてきてください!笑

日本人の先祖はユダヤ人だ、とか、ユダヤ人が日本に大勢入って来た、など、「日ユ同祖論」やその枝葉の主張で良く上がるのが、日本語とヘブライ語に類似する言葉がたくさんあるということです。しかし類似は同源の証明にはなりません。夢を壊すようなことを言いますが、偶然の一致の場合が圧倒的に多いです。それを同源と証明するには非常に緻密な科学的考察が必要になります。

人間の言語の音は限られていて、似た意味と似た音の言葉が数百見つかることは普通です。音韻構造が似ている言語ではもっとあるかもしれません。また、同じような意味の言葉が複数ある場合が多いので、その中から一つでも発音が似ているものを拾えば、類似単語リストが作れます。

日本語と英語でもこんなのができます。

boy 坊や
kill 斬る
name 名前
cover 庇う
hole 掘る
table 食べる
bone 骨
summary つまり
fire 火
door 戸

でもこれらは完全な偶然であることが分かっています。数は関係ありません。数より質なんです。では、類似が同源だと証明するにはどうすればいいのでしょうか。

答えを言ってしまえば、完全には分らないです。ただ、偶然である可能性をかなり低くすることはできます。そこから同源か偶然か、どっちの方が可能性が高いかを判断します。さらに同源の場合、両言語そのものが同じ言語から枝分かれしたものか、片方からの借入なのか、どっちが借りたのか、などの判断ができるようになります。

では、とりあえず、ヘブライ語から日本語にいくつかの単語が持ち込まれた、という仮説を立てましょう。その仮説を検証するためには、まずその言葉の元を辿らなければなりません。つまり、現代の日本語の単語とヘブライ語の単語を比べても全く意味がないのです。

調べるのは、今朝Facebookのグループで貼られていたこのサイトの中の33単語です。http://xanadu.xyz/post-623/

まず日本語から行きましょう。とりあえず、ヘブライ語が伝来したのを遅くても5世紀あたりと仮定すると、比較しようとする単語が、
①日本語が文献に残っている8世紀まで遡れるものでないといけません。江戸時代や室町時代に初めて登場した単語、であればその時点でアウトです。
②遡った言葉の意味が維持されていることが条件となります。意味が大きく変遷していればヘブライ語との比較が不可能になり、偶然と言うことになります。
③これは少し言語学的に理解度が高いですが、「形態素」が維持されていなければなりません。形態素とは、意味を伝える最小単位の言葉の部分です。言葉は一つに見えても、実は2つの言葉が重なってできた場合が多いです。その場合は、複数に分かれた形態素が、対象のヘブライ語とまだ比較できる状態で残っていないといけません。例えば、サイトで最初に出てくる「ミカド」ですが、確かに古い文献で「天皇」を指すのに使われているので①と②はクリアです。しかし、これは ミ・カド と二つの形態素に分かれます。「ミ」は勿論、私たちが「御言葉」「御霊」などに使う接頭語の「ミ」です。「カド」は「門」です。「ミカド」という言葉は元々門のある皇居、皇家全体を指していた可能性が高いです。

では一つ一つを、古語辞典を使いながら調べましょう。

「ミカド」 ③でアウト
「ミコト」 ③でアウト これも ミ・コト の二つの形態素
「ネギ」
「ミササギ」 ③でアウト ミ・ササク の二つの形態素、「御」と「捧ぐ」から来ると思われる
「アスカ」
「ミソギ」 ③でアウト ミ・ソギ 「御削ぎ」もしくは「身削ぎ」
「ヌシ」 ①でアウト もともとは「ウシ」(氏と同源かも)、「~のウシ」が「~ヌシ」に転じた
「サムライ」 ②でアウト もともとは動詞「さぶらう」からで、仕えること
「ヤリ」
「ホロブ」
「イム」 ②でアウト もともとは「身を清めて慎む」という意味、「戒める」の「イマ」と同源
「ハズカシメル」 ①と③でアウト、「ハズ・カシ・メル」恥+形容詞「かし」+与格動詞 古語にはない
「ニクム」
「カバウ」 ①でアウト 古語になし
「ユルス」
「コマル」 ①でアウト 古語になし。固形は「困ず(コウズ)」
「スム」
「ツモル」
「コオル」
「スワル」 ①でアウト 「据う」から転じて「座る」になった。元々「居る」が現在の「座る」の意味
「アルク」 ②でアウト 元々は「訪問する」「動き回るの意味」
「ハカル」 ②でアウト 「ハカ」は元々ことがはかどる、などの意味でのみ使われていた
「トル」
「カク」 ①でアウト もともと「掻く」から、引っ掻くことが「書く」になった
「ナマル」 ①でアウト 古語になし
「アキナウ」 ①でアウト 古語になし
「アリガトウ」 ③でアウト 「アリ・カタシ」、漢字の通り 有・難し
「ヤケド」 ①でアウト 古語になし
「ニオイ」 ②でアウト 元々は「美しさ」「色あい」の意味
「カタ」
「ワラベ」
「アタリ」
「オワリ」 ①古語になし

この時点で、33単語から既に20単語を省くことができました。この20単語に関しては、同じ音と意味、そして形態素を保ちながらヘブライ語が伝来したであろう時代まで遡ることができませんでしたので、意味と音の類似は偶然で確定です。ヘブライ語を見るまでもありません。

残ったのが「ネギ」、「アスカ」、「ヤリ」、「ホロブ」、「ニクム」、「ユルス」、「スム」、「ツモル」、「コオル」、「トル」、「カタ」、「ワラベ」、「アタリ」の13単語です。この13語をヘブライ語の視点から同じように調べれば、何語残るでしょうか?日本語だけでも、言語学にはここからさらに減らす手法があります。

さらに、「ホロブ」「ニクム」「ユルス」「スム」「ツモル」「コオル」「トル」「アタリ」という動詞(や動詞に由来する単語)を日本人が借入する動機がありませんので、ほぼあり得ないでしょう。「カタ」のような体の一部はもともとの言語構造に入っているので、これも借入の可能性は限りなく低いですし、「こども」を意味する「ワラベ」も、どんな言語にもある単語なので借入の動機がありません。となると、言語学者にとって興味を惹くのは宗教と関係する「ネギ」、語源が全く不明の「アスカ」、道具の一つである「ヤリ」の3つです。これらは借入される可能性のが比較的高い言葉です。

しかし、「アスカ」は日本語でも意味が不明で、地名の明日香以外にヒントになるものがありません。「飛鳥(とぶとり)の」が「明日香」の枕詞になっていたのを、「飛鳥」で「アスカ」と呼ぶようになったという説が有力で、それ以外に日本語で「アスカ」の意味を特定する情報はないので、ヘブライ語と比べることはできません。それに「槍」は付くもので、射るものではないので、ヘブライ語との意味が違い過ぎて比較に及びません。

となると、残るのは「ネギ」一語だけでした!ヘブライ語の単語の構築を全く行わずとも、同源の可能性のある言葉を33語から1語に減らしました。この「ネギ」は果たしてヘブライ語なのでしょうか?

最後の1語まで暴いてしまうのは流石に夢がないので、そこは置いておくことにします!笑

本当は、残った単語をどうやって同源か偶然か判断していくか、「内的再構」や「比較方法」などにも触れたかったのですが、語源の確認(しかも片方の言語だけで)と言語学的常識(借入の動機がない言葉の排除)だけで、33から1に減ってしまったのです。要するに、素人が類似する単語を挙げた程度では同源を証明することは不可能だ、ということを伝えたかったのです。

オタクの文章を最後まで読んでいただきありがとうございました!

(※当初サイトには渡来人の秦氏がユダヤ人だったという主張でしたので、「借入」の可能性から考えましたが、今(2020年6月)ではそのような主張にはなっておらず、そもそも日本人の祖先がユダヤ人の失われた十支族の一つだという主張なようです。そうであれば、「ホロブ」「ニクム」「ユルス」「スム」「ツモル」「コオル」「トル」「アタリ」「ワラベ」も比較対象にできます。ただ、それではまだスタートラインに立ったに過ぎず、このサイトや日ユ同祖論者が往々にして用いる手法を考えると、同じように言語学の振るいに掛けられるとせいぜい1-2単語しか残らないだろうと推測します。)